負債70億円!松下幸之助がPHPを作った時。本田健さんの本「運命をひらく」

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松下幸之助さんがPHPを作った時は、
金がなかったと本田健さんの本で知りました。

松下幸之助さんについて本田健が語る!

「運命をひらく」です。
実は私、上梓の際のイベントで、
池袋で本田健さんにお会いしています。

本田健・松下幸之助・運命をひらく

握手もしてもらい良い講演会でした。

東京はこういったイベントに参加しやすいのがいいですよね。
会場でもスーツケースをコロコロさせながら
「駆けつけました!」って雰囲気の方が、
何人かいました。

本田健さんといえば「ユダヤ人大富豪の教え」

本田健さんは「ユダヤ人大富豪の教え」から
ファンですが、お顔をお目にしたのはこれまた初めてでした。
ご本人も「本でも写真公開しいていないですからね」とおっしゃっていましたが
海外展開為さってますますご活躍されている
最近はちょいちょい出るようになっている気がします。

松下幸之助氏といえば日本を代表する起業家

松下幸之助氏といえば日本を代表する起業家で異論のある方はいないと思います。
世界的大企業パナソニックの創業者です。
音楽好きの私が小学生の時にお金を貯めて、
必死こいて初めて手にした
CDラジカセがパナソニックなので、思い入れが深いです。

そういえば、
2008年までは「パナソニック」は「松下電器産業」という社名でしたね。

戦後すぐの1946年に設立されたPHP研究所は
Peace and Happiness through Prosperity
繁栄によって平和と幸福を実現するというビジョンを掲げています。

超有名起業家だから金持ちの道楽でPHP研究所を作ったのだろうと思ってはいけません。

確かに9歳から働きづめ、
戦前には2000万円(今の価値にすると200億円)の資産があったそうです。

しかし、

戦後は個人的な負債が700万円(今の価値で70億円)です。

これは戦時中に軍の仕事を個人保証した分が負債になったそうです。
当時は嫌と思っても、軍の仕事を断ることはできなかった風潮だったと想像します。
しかも戦後のGHQからは「財閥」認定され、
7つの制限(制限会社、財閥家族、賠償工場、公職追放、
持ち株会社、集中排除法の各指定、軍需補償の打ち切り)を受けます。

財閥家族と公職追放が中でも厳しく、
自分の財産であっても勝手に触れることができなかったそうです。
事務所にも入れなかったそうです。

何代もの永きに渡って日本経済を動かしたリアル財閥と
30年にも満たない裸一貫で立ち上げた松下電器を同列に扱うのは「誤った指定」だと抗議し
財閥指定解除を3年半後に勝ち取っています。
公職追放も同様で結果的には解除されます。

負債70億でPHP設立。松下幸之助氏の起業家精神。偉人こそメンターにすべし!

こんな金銭的にも私生活めちゃくちゃな時に
PHPを作られているので高尚すぎます。こんな状況であれば一般の人であれば
飯も喉を通らないほど不安を抱え、だって負債70億ですよ!、
物騒ですが、命も絶ってしまおうとか考えてしまうかもしれません。

マインド半端ないです。

メンターメンター!メンター持つべきよ!
と言われるネットビジネスですけど、

ホンマもんの偉人こそまずメンターにすべきです。

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